国家学のすすめ
本書を読んで、改めて日本の歴史を振り返りながら、日本人の、国民としてのアイデンティティの未熟さを痛感した。その中で、旧連合軍や東南アジア諸国に対しての戦後処理は完全に終えている事など知っていて当然とされる事の確認や、東西冷戦といわれる米ソ間のイデオロギーの対立を、文明的視点に立ち、ソ連や中国などユーラシア中心部志向派と、アメリカや台湾、東南アジアなどユーラシア周辺部志向派の対立と見る事といった、別の角度からの見方を知った事など、私にとって非常に新鮮な事が多かった。しかし、とりわけ印象的な言葉が次の部分である。
「現在に生きる国民は、過去に生きた国民から様々な資産を感謝をもって受け継ぐ権利を持つ。と同時に、反省とともにその負債を引き受ける義務も負う。そして、これらを、より良きものにして、未来の国民に引き渡す責任を持つのである。国民という存在は、そうした各世代の人々の努力を通して存続していくのである。」(本書 p142)
これは、ある国民がその国の国民であるというアイデンティティを継承する行為であり、まさに垂直的共同体という事を意味してはいないだろうか。そしてそのある国民が何故その国の国民であるかは、「私たち○○人は…」と語り始める共通の歴史的記憶によって明らかにされる。歴史的記憶は親が子に聞かせる昔語りや、学校での歴史教育によって繰り返し再生され後世に伝えられていき、そういった歴史的記憶の物語を通して、国民が育成される。この後に著者も述べるが、確かにこういった物語は創られた伝統であるかもしれない。世代を超えて語り継がれていく歴史の物語には、繰り返し再生されていく過程で、ともすれば誇大的な表現が用いられたり、特定の人間に有利にはたらいているような歴史も散見されもする。それでもその創られた伝統によって、我々は統一された、「私たち日本人」を語りうるのである。
しかし現在の日本においては、国際化や、地球市民など国の枠を超えて、全地球的規模の社会が存在するという論調が多々目につく。例えば「NO BORDER」といったテレビのコマーシャルの表現などが代表的である。こういった論調は、世界の各地域がそれぞれ固有の歴史的・地理的環境によって発展してきたという事実に照らし合わせて見れば強引な感があり、それぞれの国の創られた伝統や歴史を無視し、あるいは混ぜこぜにしてしまわないだろうか。
「実際、日本ならぬ世界に『戦争のない時代』が訪れたことはなく、世界の大部分の国々は、この半世紀、実際に戦争を経験するか、その脅威を実感し、戦争に至らないまでも他国との激しい対立を経てきた。」(本書 p11〜12)
このような歴史を見る限り、そういった国々の人間が、国の枠や、その国の人間であるというアイデンティティを意識しないわけはないだろう。つまり自国と他国との明確な区別をするのである。そういった国々では国際化や地球市民といった言葉など、ただの妄言ではないか。そんな甘い事を言っていられるのは、戦後において全く戦争を経験してこなかった日本くらいではないだろうか。国境を超えて、世界的に平和な社会が構築出来ると信じている日本くらいではないか。
たしかに、例えば紛争の真っ只中にある国や、戦争を経てきた国が平和を望まなかったわけではないだろう。しかしそういった国々においては、平和という理想より、さしあたっての安全や、敵対国との利害という課題のほうが優先であったことはいうまでもない。しかしまた、各々の国は自国に対する不当な扱いを甘んじて受け入れてまで、無条件に平和を望んではいなかった。各国は、日本のように敗戦から直ちに不戦を国是に掲げるのではなく、考えられる限りの謀略や知恵を振り絞って、多少なりとも自国に有利な国際的立場にもっていくことを願っていた。対して日本は、敗戦後アメリカの庇護の下にあり、他国との武力的な衝突は一切なかった。さらに他国との真剣な政治的利害の葛藤を経験する事もなかった。そういった経緯から、国際社会に対してまずもって、世界平和の確立というなんとも抽象的かつ非現実的な理想論を掲げる事になった。こういった平和主義が、国際化や地球市民などといった妄想を作り上げていったのだろう。
以上のことから日本は、自らの歴史と実際の周りの国々の現状を見直し、もう少し現実に即した判断を行っていかなければならないのではないか。国際化などといった空疎な理想論をかざすより、確りと地に根付いた態度で国家というものを考えていかなければならないのではないか。そういった姿勢のもとに過去の国民からの資産を磨き上げ、未来の国民に継承していき、良き共通の歴史的記憶を作り上げていくことが、現代の我々日本国民の使命ではないかと思う。
(渡邉慧祐)
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