2008年02月17日

国家学のすすめ

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国家学のすすめ



 本書を読んで、改めて日本の歴史を振り返りながら、日本人の、国民としてのアイデンティティの未熟さを痛感した。その中で、旧連合軍や東南アジア諸国に対しての戦後処理は完全に終えている事など知っていて当然とされる事の確認や、東西冷戦といわれる米ソ間のイデオロギーの対立を、文明的視点に立ち、ソ連や中国などユーラシア中心部志向派と、アメリカや台湾、東南アジアなどユーラシア周辺部志向派の対立と見る事といった、別の角度からの見方を知った事など、私にとって非常に新鮮な事が多かった。しかし、とりわけ印象的な言葉が次の部分である。
 「現在に生きる国民は、過去に生きた国民から様々な資産を感謝をもって受け継ぐ権利を持つ。と同時に、反省とともにその負債を引き受ける義務も負う。そして、これらを、より良きものにして、未来の国民に引き渡す責任を持つのである。国民という存在は、そうした各世代の人々の努力を通して存続していくのである。」(本書 p142)
 これは、ある国民がその国の国民であるというアイデンティティを継承する行為であり、まさに垂直的共同体という事を意味してはいないだろうか。そしてそのある国民が何故その国の国民であるかは、「私たち○○人は…」と語り始める共通の歴史的記憶によって明らかにされる。歴史的記憶は親が子に聞かせる昔語りや、学校での歴史教育によって繰り返し再生され後世に伝えられていき、そういった歴史的記憶の物語を通して、国民が育成される。この後に著者も述べるが、確かにこういった物語は創られた伝統であるかもしれない。世代を超えて語り継がれていく歴史の物語には、繰り返し再生されていく過程で、ともすれば誇大的な表現が用いられたり、特定の人間に有利にはたらいているような歴史も散見されもする。それでもその創られた伝統によって、我々は統一された、「私たち日本人」を語りうるのである。
 しかし現在の日本においては、国際化や、地球市民など国の枠を超えて、全地球的規模の社会が存在するという論調が多々目につく。例えば「NO BORDER」といったテレビのコマーシャルの表現などが代表的である。こういった論調は、世界の各地域がそれぞれ固有の歴史的・地理的環境によって発展してきたという事実に照らし合わせて見れば強引な感があり、それぞれの国の創られた伝統や歴史を無視し、あるいは混ぜこぜにしてしまわないだろうか。
 「実際、日本ならぬ世界に『戦争のない時代』が訪れたことはなく、世界の大部分の国々は、この半世紀、実際に戦争を経験するか、その脅威を実感し、戦争に至らないまでも他国との激しい対立を経てきた。」(本書 p11〜12)
このような歴史を見る限り、そういった国々の人間が、国の枠や、その国の人間であるというアイデンティティを意識しないわけはないだろう。つまり自国と他国との明確な区別をするのである。そういった国々では国際化や地球市民といった言葉など、ただの妄言ではないか。そんな甘い事を言っていられるのは、戦後において全く戦争を経験してこなかった日本くらいではないだろうか。国境を超えて、世界的に平和な社会が構築出来ると信じている日本くらいではないか。
 たしかに、例えば紛争の真っ只中にある国や、戦争を経てきた国が平和を望まなかったわけではないだろう。しかしそういった国々においては、平和という理想より、さしあたっての安全や、敵対国との利害という課題のほうが優先であったことはいうまでもない。しかしまた、各々の国は自国に対する不当な扱いを甘んじて受け入れてまで、無条件に平和を望んではいなかった。各国は、日本のように敗戦から直ちに不戦を国是に掲げるのではなく、考えられる限りの謀略や知恵を振り絞って、多少なりとも自国に有利な国際的立場にもっていくことを願っていた。対して日本は、敗戦後アメリカの庇護の下にあり、他国との武力的な衝突は一切なかった。さらに他国との真剣な政治的利害の葛藤を経験する事もなかった。そういった経緯から、国際社会に対してまずもって、世界平和の確立というなんとも抽象的かつ非現実的な理想論を掲げる事になった。こういった平和主義が、国際化や地球市民などといった妄想を作り上げていったのだろう。
 以上のことから日本は、自らの歴史と実際の周りの国々の現状を見直し、もう少し現実に即した判断を行っていかなければならないのではないか。国際化などといった空疎な理想論をかざすより、確りと地に根付いた態度で国家というものを考えていかなければならないのではないか。そういった姿勢のもとに過去の国民からの資産を磨き上げ、未来の国民に継承していき、良き共通の歴史的記憶を作り上げていくことが、現代の我々日本国民の使命ではないかと思う。
(渡邉慧祐)


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愛国者の書棚

桜井裕子 『性教育の暴走』 扶桑社
学校現場で横行するマルクス主義フェミニズムとそれに基づく過激な性教育。戦
慄の実態をレポート。




宮崎正弘 『崩壊する中国逃げ遅れる日本』 KKベストセラーズ
中国問題に造詣の深い宮崎正弘先生の新刊。北京オリンピック後の中国の動向を
予測する。




藤井厳喜 『葬られるサラリーマン』 ベスト新書
日本的な中流社会の崩壊後に訪れる社会を予測し、その中で生き抜く術を説く。



長谷川三千子 『長谷川三千子の思想相談室』 幻冬社
日常にある事柄を問うことからはじまり、人生の深淵にまで至る哲学指南。




石平 『中国大虐殺史』 ビジネス社
中国共産党をはじめとする、中国における大虐殺の歴史。我が国において無視
されてきた中国史の暗部を探る。


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2008年02月14日

岩田の日記、リニューアル

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岩田の日記

日本保守主義研究会代表の岩田温の個人ブログ、「岩田の日記」が新しくなりました。今回は、澪標最新号の巻頭言である長谷川三千子先生の『長谷川三千子の思想相談室』の書評を行っています。弊ブログと併せて今後ともご愛読くださいますよう、お願い申し上げます。

新たなブログはhttp://yaplog.jp/conservative/ にてご覧下さい。


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2008年02月08日

自称保守派を再考する

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自称保守派を再考する

もうすぐ建国記念日です。保守派は愛国を謳い、左翼は反日を叫び続ける。左翼は見ていて分かりやすい。マルクス主義、伝統否定、平等思考・・・。人間の理性だけで世の中を治めることが出来ると信じて行動している。彼らはしっかりとした考えを持って発言、行動している。自分の思想に対してその誠実さは尊敬に値する。ただその誠実さが別の方向に向かってしまっただけなのだ。では私は保守派に対して誠実さを感じているか、尊敬しているかというと、大多数の保守派に対しては特に尊敬はしていない。この国が大事だ、愛していると叫んでいるが何を守るのかはっきりしないからだ。愛国と言うふりをしているのではないかとも思ってしまう。これが私が自称保守派に対する考えである。庶民もこれと似た考えだと思う。大多数の保守派が今現在、守ろうとしているのではないかと思われるのは、政治家の応援。政治家を応援をすることは左翼政治家を落選させる素晴らしい事ではあるけれども、愛国的なことを公約に掲げれば、その他の公約が日本の伝統にどれだけの損害を与えるのか考えることなく応援、支持をする。郵政民営化がいい例だ。日本人を先祖伝来の土地に生きられる事が可能な制度だった郵便局を利権が問題だ、日本を強い国にするんだと主張して後々の影響など考えなかった。銀行の来ることのない山地でも簡単にお金を預け、送金することができ、若者が先祖の土地に帰り日本の文化、心を継承させ、日本を再生させる近道だった郵便制度を廃止することを支持した大多数の自称保守派。

 自称保守派は経済についても考える。日本経済の行く末を憂いている。それは大変素晴らしいことだ。世界に勝つ日本経済を願っている。その為にはアメリカ型の自由主義を推し進めるべきだと考えた。そして「日本は中国の考え方よりもアメリカやヨーロッパの考えに似ている」と悦に入っている。別に欧米人から見れば二等白人から仲間だと言われても嬉しくもなんともないだろう。むしろ迷惑だと考えるかもしれない。大多数の自称保守派に対して私はかなり疑問に感じている。理由は戦後、山地の民俗文化に対して大多数の自称保守派はそれを嘆き哀しんでいる人を私の人生の中ではいない。保守と名乗らない人間が逆に嘆き哀しんでいる事が多かった。日本の経済力が落ちた、政治家が落選した。確かに憂慮すべき問題である。だが日本人が子々孫々にまで伝えていくべき民俗文化、日本の文化を後世に如何に残すのかが見えない。大多数の自称保守派は情緒でしか考えていない。過去を忘却して明日の事しか考えていない。過去を歴史を重視してきたと言うのなら山地の文化を破滅させるアメリカ型の自由主義をなぜ支持したのか。郵政民営化を何故支持したのか。経済をお金を守る為には先祖伝来の土地、文化を捨ててきた。だが先祖伝来の土地、文化を喪失し、戦後日本経済の地位を喪失し何が残ったと言うのだ。日本人が復活するためには民俗文化を復活させることが必要なのではないか。最早大多数の自称保守派は言い逃れは出来ない。出来ることはただ時代に流されていき、若者に怒り昔は良かったと懐かしむだけだ。懐かしむだけでは過去を、歴史を守っていることにはならない。まず日本の土着文化を愛することだ。まずそこから始める事が必要だ。それこそが日本を復活する術だと私は信じている。(脇坂健一)

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学校現場で横行するマルクス主義フェミニズムとそれに基づく過激な性教育。戦
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藤井厳喜 『葬られるサラリーマン』 ベスト新書
日本的な中流社会の崩壊後に訪れる社会を予測し、その中で生き抜く術を説く。



長谷川三千子 『長谷川三千子の思想相談室』 幻冬社
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中国共産党をはじめとする、中国における大虐殺の歴史。我が国において無視
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2008年01月27日

『大東亜会議の真実』を読む

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『大東亜会議の真実』を読む




本書は、戦時下の東京で開催された大東亜会議に、参加した7ヶ国の首脳人(と会議に参加してはいないインドネシアのスカルノ)を中心に、また彼らを知る者の証言を交えながら、戦時中のアジア各国の政治や外交、そして独立までを描いている。著者である深田祐介は、昭和6年東京に生まれ、早稲田大学卒業後、航空会社に入り、ロンドン駐在、広報室次長を経て作家活動に転身した。主な代表作に、「あざやかなひとびと」(文学界新人賞)、「炎熱商人」(直木賞)、などがある。

 大東亜戦争真っ只中の昭和18年11月、日本の主導によって東京に、満州、中国、インド、タイ、ビルマ、フィリピンの計7ヶ国の首脳が集う大東亜会議が開催された。そこでは、各国の首脳が「長年にわたる白人支配からの開放」を高らかに謳い上げると同時に、大東亜戦争の本質が「自衛戦争」から「アジア民族解放の戦争」へと大きく性質を変えることとなった。

 戦後の日本では「東京裁判史観」なるものが蔓延しており、俗に言う太平洋戦争は「日本のアジア侵略戦争」のために勃発したと考えられているが、しかし、実際は全くの逆である。もし、そうであるのならば、アジア各国すなわち「大東亜」各国の首脳が日本に集いて「大東亜共同宣言」なるものを採択するはずがないのだ。大東亜会議出席者の一人、ビルマのウー・バー・モウは自伝『ビルマの夜明け』で「1943年の末、アジアの独立した諸国代表が、史上初めて一堂に会する機会を待った。それは…大東亜会議(THE ASSEMBLY OF GREATER EAST-ASIANTIC NATIONS)である。事実、これ(大東亜会議)は歴史を創造した」と評
価する。(同書p13)

 また、自由インド仮政府のスバス・チャンドラ・ボースはこの会議を「一つの家族パーティ」と形容し、「大東亜における新しき諸国間の秩序建設の諸原則を確立した」と述べ、著者の言葉を借りてこれを総括するのならば、「この会議に出席したアジア人たちは、『…白人の第一級者と戦う外、世界一流人の自覚に立てない宿命を持っている』という一点において志をおなじゅうにしていた」のだった。(同書p14、15)
 
 大東亜会議は東條英機議長の開会宣言によって幕を開けた。代表演説はイロハ順である。代表演説筆頭国である日本の東条の代表演説は二点に総括できる。それは、(1)日本の開戦経緯の説明、(2)「大東亜の建設に関する基本的見解」である。(同書p39)その中で彼は、「今や大東亜諸国家諸民族の結集は成り、万邦共栄の理想に向って大東亜新建設の巨歩は堂々と発足したのであります」
と、最後に謳いあげ、堂々とその演説を終えた。(同書p40)

 日本はABCD包囲陣の政治的、経済的圧力に追い込まれ、特にハル・ノートによって、「自存自衛のため」の開戦を決心したのであるが、著者は「『自存自衛』は、戦争の『動機』ではあり得ても、『目的』たり得ない」として、開戦から2年を経過した日本は大東亜会議によって「アジア解放の戦争」という大義を謳いあげるまで、明確な戦争「目的を有していなかったという。(同書p45)

 そこで、肝心の戦争目的を明確にし、公明正大な理念を置こうとしたのが、重光葵であるという。彼は、昭和17年初頭に南京の中華民国大使として赴任するやいなや、日中関係の改善をすべく「対支新政策」を提唱し、互恵的な日華新協定、日華同盟条約を締結するに至らしめた人物である。
重光は米英の大西洋憲章に対抗するため、その「対支新政策」を大東亜地域に拡大し、日本の戦争目的を世界に向けて宣明する、という構想を抱き、実際にその構想に基づく意見書を昭和18年4月に東条に提出した。

 ここで著者は、重光の本音が「日本の敗戦を予想し、日本が戦後のアジアに生きるためには、アジアの解放と独立という投資を行なっておかねばならない、という点にあった」と述べる。(同書p47)

 そのような背景の基に盛んに繰り広げられた共栄圏外交は、遂に「大東亜共同宣言の採択」という結果をもたらした。それは主に5つの理念からなっている。

 「一、大東亜各国は共同して大東亜の安定を確保し道義に基く共存共栄の秩 序を建設す
  一、 大東亜各国は相互に自主独立を尊重し互助敦睦の実を挙げ大東亜の親和を確立す
  一、 大東亜各国は相互に其の伝統を尊重し各民族の創造性伸張し大東亜の文化を昂揚す
  一、 大東亜各国は互恵の下緊密に提携し其の経済発展を図り大東亜の繁栄を増進す
  一、 大東亜各国は万邦との交誼を篤うし人種差別を撤廃し普く文化を交流し進んで資源を開放し以て世界の進運に貢献す」(同書p135-136)

 この大東亜会議からおよそ2年半後、日本はポツダム宣言を受諾し、大東亜戦争は終焉を迎えた。そして、それと同時に日本が掲げた大東亜共栄圏も崩壊していったのであるが、東南アジア各国は現地に駐屯していた元日本軍兵士と共に、戦後再び覇権を掌握しようとしていた欧米列強に対して蜂起し、勇猛果敢に「独立戦争」を戦い抜き、見事に「独立」を勝ち取ったのであった。

 大東亜戦争の意義は開戦後に多少の政治的な意図が込められて創出されたものではあるが、実際にアジア各国の独立、そして、後年はそれに触発されたかのようにアフリカ諸国も独立してゆき、現在では戦前世界の独立国の約4倍のそれが存在する。日本は戦略的に負けはしたのであるが、「欧米列強からのアジア民族ひいては有色人種の解放」という理念的な戦いには完全に勝利したと言えるのではないだろうか。たとえ、それが後付の理念であろうとも、大東亜会議が「アジアの傀儡を集めた茶番劇」であろうとも、実際に目的を完遂したのは紛れもない日本なのであった。

 ただ、その点を後世に正しく継承されていない点が日本の悲劇であるといえよう。戦後のバー・モウは語る。「歴史的に見るならば、日本ほどアジアを白人支配から離脱させることに貢献した国はない。しかしまたその解放を助けたり、あるいは多くの事柄に対して範を示してやったりした諸国民そのものから日本ほど誤解を受けている国はない」、と。(同書p268)

(平戸祐介)



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2008年01月20日

フランス敗れたり

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フランス敗れたり





第二次世界大戦、フランスはナチス・ドイツの攻撃の前にわずか一ヶ月足らずで崩壊した。この事実は、世界史の中ではドイツ軍の新戦術「電撃戦」の威力のみが強調され、当時のドイツ軍に決してそこまで見劣りしない兵力を持っていたフランス側の原因にはあまり注目されないままでいる。

 『フランス敗れたり』(アンドレ=モーロワ著・高野彌一郎訳)という本がある。フランスの軍人であり文学者であるアンドレ・モーロワ氏が、母国の敗北に際して広くフランス人に訴えた本である。一読してみたが、この本は第二次大戦におけるフランスの悲劇的敗北の本質を明らかにしているとともに、現在の日本に対し非常に意義深い示唆を与えている。本書の紹介を通じて、フランス敗北の原因を示すとともに、同時に日本の亡国を防ぐための材料を提供できればと思う。

 モーロワ氏は著書の中でフランス敗北の要因として主に以下の3つの点を挙げている。

1. 戦争の準備不足
2. フランス首脳部における不協和
3. 戦争の準備不足

 ドイツの宣伝戦この中で氏が最も主張する点は「戦争の準備不足」である。第二次世界大戦が勃発したとき、フランスは戦争のための準備をほとんどしていなかったといっても過言ではない。なるほど確かに強力な防御陣地であるマジノ線は完成し、国境を守る防壁はできていた。    

 しかしながら、他の多くの致命的な点でフランスはいくつもの欠陥を抱えていた。有事における行動原則が決まっていないために、開戦後多くの混乱が起こった。兵器の生産を担う工場労働者たちが、開戦とともに疎開してしまい、たとえばルノー(自動車などの総合機械メーカー)の工場などでは、平時でさえ3万人程度の労働者がいるのに、開戦後の従業員は約8千人に激減してしまった。また、ドイツ軍の占領を恐れて住民が勝手に次々に避難をはじめ、道路を避難民が覆い尽くし、交通が麻痺してしまった。倉庫に保管してあった多数の装備も、それを円滑に運用する機構がないばかりに、なかなか前線に届かないでいた。

 だが、深刻だったのはフランスには、戦うための兵器が概して不足していたことである。もっとも状況が悪かったのは航空機である。たとえば、重要な北部方面を担当していた第七方面軍のジロー将軍の自由になる飛行機はわずか八機に過ぎなかった。フランス政府は十社以上の航空会社に飛行機の注文をし、多種多様の飛行機を少数ずつ保有するという非常に効率の悪いことをやっていた。一種の戦闘機をひたすら生産していたドイツとはいい対象である。開戦後、緊急に航空機を補充するため政府はアメリカに発注を行ったのだが、その機数はわずか100機であった。自己の利益のみを考えるフランスの財界人が政府に働きかけ、「国
産のほうが安い」という理由で航空機の多数はフランスの工場に発注されたのである。そのために国を安売りする羽目になったのである。

 その他、戦車、対戦車砲、高射砲、機関銃、トラックなど、前線ではあらゆる物が不足していた。

 フランスでは、確かにチェコの併合によって決定的になったものの、最後の瞬間までドイツとの戦争は交渉によって避けうるものと思っていた。ナチス・ドイツは虚勢を張っているだけで実際は弱体であると考えられていた。戦争は前大戦と同じく膠直戦になるという前提で長期戦の戦略が立てられた。

 これらの勝手な「思い込み」のために、戦争の準備は次々後回しにされ、どうしようもない状況に陥ってしまったのである。一方のドイツは1933年の再軍備から7年かけて戦争の準備をしてきたのである。

 このフランスの混乱に拍車をかけたのがフランス首脳部の不協和であり、ドイツの宣伝戦であった。当時、交互に首相・蔵相・外相を務めたダラディエとレノーは、権力争いのためにお互いを非常に嫌悪していた。さらに、開戦時の首相レノーと総司令官ガムラン元帥との間にも攻勢論と守勢論とで軋轢があった。これらフランス内の内紛はイギリスをして「彼らはドイツと戦争する暇がないんだ」「彼らはお互い同士の間で戦争をするのに忙しいから」と言わしめるほどのものであった。

 ドイツの宣伝戦の狙いは主に英仏を離反させることと、英仏国内の親ナチ者を煽動して破壊工作や情報操作を行うことであった。英仏の離反は、大戦直前まで高い成果を上げていた。ドイツの情報操作により、フランスが強大化するという妄想を抱いたイギリスは、ドイツに援助を与えていた。ドイツの拡大を包囲する目的で作られたストレーザ戦線も、勝手にイギリスがドイツ海軍の増強を認めるという形で崩壊したのである。開戦後の住民のパニックも内部協力者の攪乱よるところが少なからずある。こうしたことによってフランスは戦争準備の不足を取り返すことができず無残に敗北したのだ。

 以上見てきたことが、フランスの滅亡の原因である。わずか一ヶ月にも満たない戦争でフランスは占領され、不名誉の中、5年間に渡る占領の苦しみを味わったのである。

 ドイツ軍がパリに入城した1940年5月18日、著者モーロウの知人の、ある老人が自ら命を絶った。かれはこういい残している。

  「わしはもう生きていることはできない。わしのたった一人の息子は、前の大戦で戦死した。いまの今まで、息子は死んでフランスを救ったのだ、と信じてきた。ところが、フランスは今滅亡じゃ。わしが生きていく目的はなくなった。もう生きてはいけん」
 
 この瞬間、フランスはフランスが生んだもっとも高貴ある人の一人を失ったのである。日本にこうした人がいまだ残っているのかはわからない。だが後世の日本人を思い国に命をささげた英霊たちのことを考えたとき、われわれ日本人は彼らの思いを裏切ることは決してできないはずだ。

 現在の日本を取り囲む状況は決して楽観できるものではない。軍事力の拡大を背景にアジアで影響力を強める中国。核兵器を保有する、ならず者国家北朝鮮。ますます独裁の傾向を強める軍事大国ロシア。これらの脅威から日本の安全をなんとしても確保しなければならない。

 最後に、モーロウが亡命先のアメリカへ向かう船上で書いた救済策のうち、重要だと思われるものをいくつか挙げることにする。

○強くなること―国民は自由のためにはいつでも死ねるだけの心構えがなければ、やがてその自由を失うであろう。

○世論を指導すること―指導者は民に行くべき道を示すもので、民に従うものではない。

○祖国の統一を攪乱しようとする思想から青年を守ること―祖国を守るために努力しない国民は、自殺するに等しい。

○汝の本来の思想と生活方法を熱情的に信ずること―軍隊を、否、武器をすら作るものは信念である。自由は暴力よりも熱情的に奉仕する価値がある。
(浅井一男) 



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2007年10月29日

誰も報じない中国の真実

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誰も報じない中国の真実



撃論ムック『中国の真実』発売!   オークラ出版 

北京五輪を控えた中国で、いったい何が起こっているのか?人権弾圧、言論弾圧、大気汚染に環境破壊、そして食品公害。そして、拡大する軍事力の脅威と、威圧的な外交。さらに、台湾侵攻と囁かれる2008年危機・・・・・。こんな国で、オリンピックの開催が許されるのでしょうか?本ムックは、中国の報道されない本当の姿を、中国専門家やジャーナリストが鋭く分析・解説し、日本人に警告を発します。日本のメディアは、なぜ、中国の恐ろしい実態を伝えないのか?


目次
◎総特集1 北京五輪の邪悪な意図
北京五輪という世紀の愚挙…………………石 平  12
北京オリンピックに断固NOを!…………土屋たかゆき  18
米中関係の真実………………………………島田洋一 20
北京五輪ボイコット運動が報道されない理由………青木直人 26
北京五輪は台湾侵略の前夜祭だ……………林建良  34
中国・バブルが弾ける日……………………宮崎正弘  38
○トークセッション
戦後最大の危機に、日本人は覚醒するか……石 平vs西村幸祐 42

◎総特集2 戦慄!人権弾圧超大国 
人権弾圧クロニクル………………………… 岩田温 64
中国はチベットで何をやったか………………三浦小太郎 72
少数民族への過酷な弾圧………………………花見堂久子 76
宗教抹殺の恐るべき実態………………………花見堂久子 79
恐怖の死刑超大国……………………………… 安東幹 90
脱北者を敵視する冷酷な国……………………三浦小太郎 98

◎総特集3 軍拡と覇権主義の脅威
中華帝国・世界征服へのシナリオ……………藤井厳喜 110
中国が台湾を呑み込む日………………………平松茂雄 114
台湾侵攻――そのとき自衛隊はどう動く……佐藤守 118
中国の核戦力に関する三つの考察……………伊藤貫 124
人民解放軍のサイバー攻撃に備えよ…………井上和彦 128

◎特集 経済大国中国の深層
社会主義市場経済が終わる日……………………藤井厳喜 134
中国経済のブラックホール………………………宮崎正弘 138
中国が世界中の資源を食らい尽くす……………青木直人 152
○トークセッション
主権なき国家・日本の運命………………………青木直人vs西村幸祐 157

◎特集 中国の罠・絡めとられる日本
中国のインテリジェンス…………………………佐藤優 168
五輪利権に群がる国会議員たち…………………青木直人 172
増殖する中国人犯罪者の脅威……………………菅沼光弘 176
中国人御用学者たちの正体を見抜け……………青木直人 180
知られざる中国の対日工作………………………野村旗守 184
ODA――貢ぎ続ける日本………………………青木直人 188
日本恫喝の新たな外交カード……………………江藤剛 192
「移民」という名の侵略に備えよ………………酒井信彦 196


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出陣学徒慰霊祭のお知らせ

 日本保守主義研究会では、本年も11月18日に靖国神社にて出陣学徒慰霊祭を催行いたします。学生の立場から大東亜戦争において散華された英霊の慰霊・顕彰を行い、祖国再生をお誓いいたします。

日時 11月18日(日)午後1時半〜4時半(1時開場)
場所 第一部:記念講演 靖国神社内靖国会館2階
   第二部:出陣学徒慰霊祭 靖国神社本殿
講師 遠藤浩一先生(拓殖大学日本文化研究所教授)
演題【国家と祭祀〜戦没者を祀るといふこと〜】
参加費 大人3000円、学生無料(玉串料込。参加できない方も玉串料を受け付けております)
定員 150名(要予約)
主催 日本保守主義研究会
協賛 英霊にこたえる会

参加申込はこちら↓
http://form1.fc2.com/form/?id=240797

詳しくはこちらのウェブサイトをごらん下さい↓
http://www.wadachi.jp/ireisai/index.html

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愛国者の書棚

野中広務 野村克也『憎まれ役』文芸春秋
野中広務元議員とプロ野球の野村監督との対談本。野中広務とは何者であったのかを考える上で読んでおきたい。




宮崎正弘『中国は猛毒を撒き散らして自滅する』 徳間書店
今や世界中で指摘されている中国の危険性。その実態を統計を駆使して詳細に分析した著作。




上杉隆『官邸崩壊』 新潮社
安倍内閣はなぜ失敗したのか?公にされない政治権力の暗闘の一部が見えてくる。




曽野綾子『沖縄戦・渡嘉敷島「集団自決」の真実』 ワック
沖縄渡嘉敷島における日本軍の集団自決強制の誤りを暴く。詳細なインタビューに基づくノンフィクション。



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2007年10月28日

会社という共同体

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会社という共同体

今から20年前、日本はバブル景気という幻想に踊り狂っていた。その時、山一證券や長銀(日本長期信用銀行)の倒産・破綻を予測した人間はいただろうか?絶対にいない。なぜならば、この二企業が優良企業だったからではなく、親方日の丸が助けてくれるという信用をすべての国民が共有していたからである。すなわち、経営危機がおこっても、基幹産業たる金融に対しては必ず国が公的資金を投入していた。さらに言えば、一流企業と呼ばれる会社が潰れないことは自
明として扱われていた。

 ところが、平成不況を経た現在、会社はいとも簡単に倒産する時代となった。また、M&Aや三角合併と呼ばれるマネーゲームが始まり、現時点での優良企業すら安定を脅かされることとなるだろう。そして経済システムの急激な変化に伴って、我々国民の意識も変化した。会社が未来永劫に渡って存続するなどと考える人間は、消えたのである。

 バブル期までの会社への盲目的信頼に対して、戦後の日本人が自ら主体的に考えることを放棄してきた、と結論付けることは簡単である。自国の安全や国民の生命を守るという観念を忘れ去っていたことからも、正しい。だが果たして、会社という自らの生活基盤が一瞬で崩壊してしまうかもしれない、リストラの危機感を常に抱いて日々暮らしていかねばならない、といった社会は幸福なのであろうか?

 かつて会社は共同体であった。日本人は戦後の凄まじい経済発展と引き換えに、地域共同体を喪失した。地縁や血縁といったものは重要視されなくなり、人と人との関係性は薄くなる一方であった。しかし唯一残った共同体は会社であったのである。

  「彼(註:印刷会社の職人のこと)にとって、仕事は純経済的な行為ではな
 く、一種の精神的充足を求める行為なのである。そしてこの彼の精神が実は、
 当時の日本の会社の社内秩序の基本だったのだ。…中略…そこにあるものは、
 機能集団としての組織の原則ではなく、ある種の精神に対応している共同体の
 原則なのである。」
 
  「会社を機能させるには、それを共同体にしなければならない。」
  (山本七平『日本資本主義の精神』より)

 会社=給料を得る空間では到底なく、それは「擬制の血縁集団」と呼ぶべきものであったのだ。共同体であるがゆえに、終身雇用は当然なのである。ある程度の年功序列は、秩序を守るために当然なのである。社内旅行や花見やスポーツ大会などを通じて、人間関係を深めることは当然なのである。そして、そういった意識を前提として戦後の日本人が汗水を流して働いたからこそ、未曾有の復興を成し遂げることができたのである。

 戦後復興の原動力には、もっとお金が欲しいという拝金主義的な部分もあった。しかし、それだけではあの高度成長は不可能であろう。高度成長を支えた経営者たちは、モーレツ社員たちは、仕事そのものへ誇りを持っていた。高い精神性をもって会社のために人生を尽くした。それは決して自分の人生を無駄にしたなどと貶められることはなく、称賛や感謝の対象だった。共同体のために個を犠牲にする、という精神は美しい。

 労使協調、官民一体といったものは決して馴れ合いではない。会社という共同体、日本という共同体の成員が等しく豊かになろうという発想であり、戦前の「一君万民」に通じる。かつて新卒社員の給料と社長の給料の比率は1:10程度であった。よって社長と呼ばれる人でも、ビルゲイツのような国家財政を超える遥かに超えるほどの資産を蓄えるなど、到底考えられなかった。堀江貴文のような存在は出現の余地がなかったのである。

 無論、戦後の経済体制を全肯定しているのではない。護送船団方式に代表される、業界内の馴れ合い体質は長期的な視座で眺めれば、弱体化を招く。それは19世紀のイギリスが馬車組合を守るために、都市部の車の通行に際して先導人をつけることを義務づけ、その結果ドイツやアメリカに遅れをとったことからも明らかである。しかし、建設業界などで談合をやり過ぎたため印象が悪いが、これとて出発点は業界全てが恩恵を享受し倒産企業を出さないようにという発想で
ある。つまり、共同体的発想の一形態である。

 この会社に対する共同体的発想は急速に失われつつある。人々は金を稼ぐために会社を転々とする時代となり、一つの企業に使え続けることは無能であることの証拠だという人間さえ現れた。だが我々は、飯を食うためだけに働くのか。奴隷のように仕事をこなさねばならないのか。それこそまさに欧米人に揶揄された「ウサギ小屋に住むエコノミックアニマル」ではないのか。

 バブル期、世界から礼賛された日本型経営システムは、平成不況では忌むべきものとなった。しかし不況を脱しつつある今こそ、会社共同体を取り戻さねばならない。日本人の高い道徳性を維持するためには、教育や政治改革に加え、会社もまた守るべき対象なのである。(福本哲)

参考文献 山本七平『日本資本主義の精神』

 

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出陣学徒慰霊祭のお知らせ

 日本保守主義研究会では、本年も11月18日に靖国神社にて出陣学徒慰霊祭を催行いたします。学生の立場から大東亜戦争において散華された英霊の慰霊・顕彰を行い、祖国再生をお誓いいたします。

日時 11月18日(日)午後1時半〜4時半(1時開場)
場所 第一部:記念講演 靖国神社内靖国会館2階
   第二部:出陣学徒慰霊祭 靖国神社本殿
講師 遠藤浩一先生(拓殖大学日本文化研究所教授)
演題【国家と祭祀〜戦没者を祀るといふこと〜】
参加費 大人3000円、学生無料(玉串料込。参加できない方も玉串料を受け付けております)
定員 150名(要予約)
主催 日本保守主義研究会
協賛 英霊にこたえる会

参加申込はこちら↓
http://form1.fc2.com/form/?id=240797

詳しくはこちらのウェブサイトをごらん下さい↓
http://www.wadachi.jp/ireisai/index.html

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愛国者の書棚

野中広務 野村克也『憎まれ役』文芸春秋
野中広務元議員とプロ野球の野村監督との対談本。野中広務とは何者であったのかを考える上で読んでおきたい。




宮崎正弘『中国は猛毒を撒き散らして自滅する』 徳間書店
今や世界中で指摘されている中国の危険性。その実態を統計を駆使して詳細に分析した著作。




上杉隆『官邸崩壊』 新潮社
安倍内閣はなぜ失敗したのか?公にされない政治権力の暗闘の一部が見えてくる。




曽野綾子『沖縄戦・渡嘉敷島「集団自決」の真実』 ワック
沖縄渡嘉敷島における日本軍の集団自決強制の誤りを暴く。詳細なインタビューに基づくノンフィクション。



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2007年08月24日

講演会のお知らせ

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講演会のお知らせ


以下の詳細で弊会の代表岩田温が講演会を行います。猛暑の中ですが、お時間のある方は足をお運び下さいますよう宜しくお願いいたします。講演会では、最新の研究成果も発表する予定とのことです。

演題 取り戻せ日本人の歴史哲学

講師 岩田温

日時 : 8月26日(日) 13:30〜16:00

場所 : 大和市林間学習センター

     大和市林間二丁目6番18号  電話 046−274−4361
中央林間駅または南林間駅より徒歩8分


主催 大和正論の会

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2007年08月03日

保守主義―夢と現実 ロバート・ニスベット

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保守主義―夢と現実 ロバート・ニスベット著 昭和堂



 保守主義とは何か。この問いは日頃なかなか浮かぶことのないものであり、また答えるには容易ならざる思索を必要とする。保守主義は体系だった思想なのか。どの程度個別的で、どの程度普遍的なのか。何を保守するのか。本書は保守主義の思想体系を分析することを目的としており、このような問いを考える上での入門書となるだろう。著者のニスベット(1913‐1996)はアメリカの社会学者で、コロンビア大学で教鞭をとっていた人物である。
 ニスベットはエドマンド・バークを保守主義の祖とした上で、保守主義を4つの事象に対する反応から始まるものと考える。それは、フランス革命、産業革命、ウェズリー主義(ピューリタンの一宗派で、他宗派を度々攻撃した)、功利主義である。保守主義者にとって、フランス革命は全体主義による人間改造とテロルを生み出し、革命の輸出によって全ヨーロッパを転覆するものであった。産業革命は工業化とを推進して旧社会の共同体を破壊し、人々の紐帯を断ち切った。ウェズリー主義は真理の所有者を名乗り他宗派を攻撃し、社会に宗教的内紛をもたらした。功利主義は幸福の数量化を唱え、官僚制や血の通わぬ機械的な福祉を生み出した。
 4つの事象に対する保守主義者の見解を一言で表すと以上の通りであるが、こうした見解から読み取れることは、保守主義者は家族や地域社会、ギルドといった中間的共同体を尊重し、それを解体するものを許さない、ということである。中間的共同体の尊重は、保守主義と右翼を区別する重要な要素である。保守主義者は、右翼は中間的共同体を解体し個人と国家を直接結びつけるものであると考えている。この観点は非常に重要であろう。個人と国家が直接結びつくというのは、右翼(国家社会主義)、左翼(共産主義)に共通する特徴の一つである。翼の左右を問わず全体主義国家においては官僚組織が強大な権力を有し、体制に反旗を翻す行動が起きないように秘密警察が国民を監視し、密告が奨励される。国民が砂粒のように裁断されている方が支配するにあたって都合がよいのである。
 共同体の尊重という観点から、保守主義と自由主義は区別される。自由主義の根底にあるのは個人主義であるが、これによって伝統や共同体が破壊され、社会的紐帯を失った個人が増えると保守主義者は考える。そして、そうした個人の集合体である大衆は、かつて共同体が担っていた役割を国家が代わって果たすことを望むようになる。こうして国家の役割が巨大になり、全体主義国家が誕生するという。保守主義者にとって自由主義は、全体主義のスケープゴートになるとニスベットは主張する。
  また保守主義者は、宗教の制度的側面を重視する。これは、日本においてはお盆や初詣がそうであるように、世俗の中に根づいた慣習としての宗教を重視するということである。慣習化された宗教的行事が、公共心を育てるというのである。その一方で保守主義者は、宗教的狂信を嫌う。それにより人は真理の所有者を僭称し、自らを使徒とみなして政治に介入し、他者を弾圧して恥じないからである。
 保守主義者の美徳とは、節度である。これを実践知と呼んでもいいであろう。実践知とは不断の試行錯誤を経て獲得されてきた知恵であり、その本質は実用性にある。そして、実践知と対比される技術知に警戒の目を向ける。技術知は抽象的もしくは一般的な法則の形で示すことのできる知であり、合理的推論によってもたらされる。しかし、人間に一般的法則を適用することは、思いのままに社会を改造することができるという理性の傲慢につながりかねないと保守主義者は考える。
社会は抽象的思弁によって自在に設計・改造できる機械ではなく、長い歴史の中で生成された複雑な組織体である。歴史の中で意義あるものは後世に受け継がれ権威を有し、そうでないものは淘汰されてきた。我々は権威あるものに敬意を払うことによってはじめて、安定した政治を行うことができる。無論完全に安定した政治などというものは存在せず、不都合な部分は改めなければならないのだが、伝統を破壊し、社会的不安を惹起する改革は本末転倒である。それ故保守主義者の求める変革とは漸進的なものになる。歴史を顧みることのない、変革それ自身を善とするような過激な改革好みの精神は、保守主義から最も遠いところにあるといってよい。
 保守主義における最大の意義は、人間の進歩という観念に疑義を呈したことにあると著者は考える。私もこれに同感である。テロルと監視によって国民を支配する全体主義は、近代以降に特有の政治的現象であった。そしてこの極めて危険な政治体制を賞賛する知識人が大勢存在したし、現在も存在している。自らの理性を過信し、過激さを好む知識人が存在する限り、保守主義の価値が色あせることはないであろう。(木下淳平)



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2007年07月04日

個人とは何か

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個人とは何か

自由、平等、あるいは人権という概念を抜きにしては、もはや政治は語れない。民主主義を成立せしめているそれらの概念を完全に無視することは、伝統主義者さえも不可能であろう。我々は、フランス革命以来のそうした近代性というイデオロギーとでもいうべきものの上に立っているということを自覚することは必要であろう。
 そのフランス革命をきっかけとして出現したそうした思想に関して何もあらゆる西洋知識人が無批判に受け容れてきたというわけではない。例えばイギリスの政治家、政治思想家、エドマンド・バークやフランスの政治思想家アレクシス・ド・トクヴィルなどは、革命によって中間的共同体が破壊されたことへの懸念を表明する。中間的共同体とは、国家と個人の中間に位置する村落や、教区といった共同体であるのであるが、それらが破壊されることによる弊害とは、国家による個人への直接の影響力の行使であった。伝統からの個人の解放を掲げて行われた革命によって逆にそれまで個人を保護していた伝統的共同体を破壊したという逆説が、「市民革命」のひとつの側面であるといえよう。また革命においてはそれまで考えられなかった大虐殺が伴ったことも今や広く知られた事実である
 それではフランス革命の原理とはルソー等の社会契約論であるが、社会契約説とは個人を出発点とし、「個人にとっての」という大前提の中で共同体を構築する思考実験である。個人という文脈から最大に肯定される国家像とはフランス革命によって現実化したそれである。そうした個人という観点からのみ、人権、自由、平等という観念も説明されうる。
 確かに個人に加えられる不正に対して我々は憤るし、我々は実際に個人に分解されうる。少なくとも現時点における国家は、他ならぬ個人の集合であるということを否定できないであろう。しかしながら、個人主義のもたらすものは各人の欲望の充足に留まり、かつ個人主義によって設立された国家がいかに個人に対して不正を加えるのかということを、我々はもう共産主義から学んでいる。では、いかにこの「個人」という概念を捉えればよいのか。
 イスラエルの政治哲学者、ヤエル・タミールはその著書『リベラルなナショナリズム』のなかで、「文脈づけられた個人」というキーワードを強調する。これは個人の自由とナショナリズムを架橋するものであるとされているが、個人とは何かということを考える上でも非常に有意義な概念であろう。我々は個人である。しかし、あらゆる個人は歴史、共同体、そしてそれらが紡ぐ文化、生活様式に文脈付けられているのである。それはキリスト教文化かもしれないし、日本文化かもしれない。その区別はともかく、我々は文脈付けられていて、決していかなる形でも単独で生活し、考え、知ることはできないのだということを認識する必要はあるだろう。またハイデッガーも『存在と時間』の中で、人間(human being)の語源がラテン語のhumus(大地)からきていることを指摘しながら、人間は帰る場所をもつ存在として位置づける。そして「異邦人」という言葉も、その裏にはどこかに帰る場所があるという認識が隠されているというのである。
 全体主義への反省から個人主義へと走ったところで、それは同じことの裏返しなのではないだろうか。我々がまず考えねばならないことは、個人は何かに文脈付けられているという、このあまりに単純な不変の事実ではないだろうか。(谷口太良)



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